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だらり100名城めぐり

だらだらと日本100名城めぐりします

番外編/長篠・設楽原古戦場(信玄塚編)

番外編 北陸・東海 史跡

馬防柵から資料館方面へ戻り、右の道を駅へ向かって進んでいきます。

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途中、樹木に囲まれた薄暗い坂道を左に折れ、上がりきって開けたところに「信玄塚」の碑。

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「信玄塚」は、長篠・設楽原の戦いに殉じた両軍戦死者を弔う供養塚です。戦いによって避難していた里人が、帰村後に設楽原へ散乱した名も無き武者たちの亡骸を埋葬して、塚を築き弔ったといわれています。 すでに戦いの2年前に信玄は亡くなっていますが、その威名が塚の名前に使われています。

亡骸は丘の上に運び込まれ、大きな穴を2つ掘って織田・徳川軍を葬ったのが「小塚」、武田軍を葬った方は「大塚」と呼ばれ、それぞれの塚の上にはその印として松の木を植え弔ったそうです。※当時の松はすでに枯れて、今のは2代目とのこと。

信玄塚の碑の裏側に「小塚」がありました。

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また、毎年お盆の8月15日には戦死者を弔う「火おんどり」が400年以上絶えることなく続けられています。塚を建てて間もない頃、ここから大量の蜂が発生して里人を苦しめ、この蜂を武田の亡霊だと考えた人々が松明を燃やしてその霊を供養したのが始まりとされています。

昭和10年代および50年代に建てられた、長篠合戦陣戦歿者供養塔。

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戦死者1万人ともいわれ、犠牲の多かった武田軍の亡骸がこの「大塚」に眠っています。

手を合わせ振り返ると、小塚の向こう日暮れ間近の空に一筋のひこうき雲が軌跡を描いていました。

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ひこうき雲をぼけ〜っと眺めて、本日の予定はこれにて終了。 今夜の宿へ向け駅へと戻ります。

信玄塚から下る途中に見えた夕陽がとても綺麗でした。寒空の中、見知らぬ土地に身を置いてちょっぴり郷愁にかられてるのでなおさら( ´_ゝ`)

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夕焼けに染まる空と崩れかけたひこうき雲を追いかけつつ、駅への帰り道も誰ひとりすれ違うことがなかったので、「今日の夕陽はオレのための夕陽だ」とイタイことを考えながら空を撮っていました。 ここに来る前、青春18きっぷのポスター見過ぎw

 

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三河東郷」駅へ戻ったあとは、今夜の宿の掛川を目指すべく再びJR飯田線に乗り込みました。土曜の夕方だからか「どこにこんなに人いたの?」というくらい、豊橋方面への上り電車にどんどん地元客が乗り込んできます。やっぱ車移動じゃ飲みいけないもんね(*´~`*)

豊橋東海道線に乗り換え、掛川にて下車。睡眠不足に加え朝から動き通しではありましたが、気分的にはほどよい疲れで今夜はよく眠れそう。明日は久々の天守だし、適当なことばっかやってないでもう少しちゃんと写真撮ろうと夕陽に誓い、次回、東海2城目 掛川城編へ続きます。

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