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だらり100名城めぐり

だらだらと日本100名城めぐりします

023城目 04/弘前城(天守観覧編)

100名城 北海道・東北 梯郭式 平山城 現存天守 層塔型

023城目 04/弘前城(夕暮れ城桜編)

023城目 04/弘前城(手ブレぎりぎり編)

023城目 04/弘前城(二の丸散策編)

下乗橋を渡りチケットを購入後、まずは天守内の見学に向かいます。 

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1611年(慶長16年)弘前城が築城された当初は、本丸には5層の天守がそびえていました。しかし1627年(寛永4年)に、天守は火事により失われてしまいす(屋根上の鯱に雷が落ちたことが原因とも)。その後、弘前城は幕府から天守再建の許可が下りずに長らくは天守を持たぬ城となっていました。

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約200年後の1810年(文化7年)、弘前藩が蝦夷地警備の功績が認められたことや、当時ロシア船が津軽海峡を往来しその防備のためという理由から、弘前藩第9代藩主 寧親の代にやっと天守新造の許可が下りました。

現在の3重天守は、当時この場所にあった本丸辰巳櫓を解体して新造されたものとされ、この建物はあくまで天守の代用であり、当時は「御三階櫓」と呼ばれていたといわれています。参考:弘前城 天守 / 御三階櫓 (ヒロサキジョウ テンシュ / ゴサンカイヤグラ) | 弘前公園総合情報

天守周辺には沢山のしだれ桜。 

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そのうち石垣上から濠に向かって長く枝を垂らしたひとつは、 青森のゴッホ棟方志功画伯が「御滝桜」と命名した名木だそうです。

天守へと続く食い違い虎口を折れると、朝早いにも関わらず中へ入るのにはすでに行列がΣ(゚Д゚)

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巨石がはまる石垣を眺めながら時間を潰します。

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そうこうしているうちに順番がまわってきて天守内部へ。が、内部でも行列が3階までずっと続いており、おそらく今が一番の繁忙期ですからこれは致し方ないですね(´・ω・`)

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以前は天守内に展示物がいろいろと飾られていましたが、今は石垣修理による天守の曳家に備えて全て搬出済みで、基礎部分などの調査跡がむき出しになっていました。

石垣を上がってくる敵を攻撃するための武者落とし(別名 石落とし)。矢狭間にはひとつひとつに木の扉が付いています。

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こちらは天守台の下にみつかった石仏。

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お手製の説明シートによると「江戸時代に石垣の石材として持ち込まれたのか、明治から大正時代に天守台の修理の時に持ち込まれたのか明確なことはわかっていない」そう。ただ石仏が割れていることから、信仰の対象としてというより石垣に転用するために持ち込まれたもののようです。

天守内には100名城スタンプも置いてありました。赤丸のところ。 

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この写真はちょうど人が並んでいませんが、自分のときは後ろにも人がずらっと並んでいるタイミングで慌ててスタンプを押したため、押しが甘くてちょっと失敗(-_-;)まぁとりあえず弘前城スタンプゲットです。

もう2階部分なのですが、行列が動いたら前へと進んでいかないといけないので、うまいこと写真が撮れません…

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とにかく3階まで到着しました。ここからは行列関係なく外を撮りまくりです。

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これから更に伸びるであろう行列と岩木山

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上からだと石垣のはらみ(積んだ石が外側に弧を描いてしまう状態)がよくわかります。

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弘前城での「はらみ」の原因としては、石垣が隙間なく積まれていることや、石垣裏の盛り土が粘性土のため水はけが悪いこともその一因のようです。

天守の屋根は、本瓦型の木瓦に丁寧な仕事で銅板が張られた「銅瓦葺き」。

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寒さの厳しいこの地では、通常の瓦では割れやヒビが発生しやすいため、それを防ぐ理由から銅瓦が使用されています。

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とりあえずこんな感じで天守内部の見学は終了。

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最後に本丸側からの天守を改めて眺めると、連子窓だけで破風が全くない地味な外観は、濠側の2面との意匠があまりに違いすぎて、これが同じ天守かと見違うばかりです。

こちらは先の記事での濠側から見た天守。本丸側の穏やかな草食系外観とははまるで異なり、中央に張り出した切妻破風と無数の矢狭間。攻撃的な肉食イケメン風です。

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それと、ひと目見た時から思ってのだけどコイツによく似てる。 εεε≡≡( ε:)

バズライトイヤー危機一発

とりあえず言いたいこといったのでw、日本最北であり東北地方唯一の現存天守見学は以上で終了。次回は本丸から北の郭へとめぐります。まだまだ終わりが見えない…

 

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